2009年11月11日

医王


>医王とは深い苦しみにある時、
 激しい痛みの時
 適切な癒し、助言や思いやりによって
 その苦しみ、痛みを改善される
 道を示してくれる
 癒しの使者のこと
>あなたを助け、導くには良き名医と
 良き師が必要である
 良き名医はキリストの右手で
  自分の悪いところを按手するイメージ
  と信じることによって治癒されます
 良き師とは聖書を読み、良い牧師の説教
  によって自分を仰ぎづつ
  聖霊働きに委ねると
  明るく永遠な道が得られます
中国では福音を道だと言う
 道には
 第一の道を悟る道、得道という.
 二番目の道を生活の中で磨いて行く道、修道という
 三番目の道を道を楽しむ道、これを楽道という
 四番目の度を道を伝える、これを伝道という.

>多い人々がこの道を覚ますためにあらゆる苦労をつくした
 それなりに道を覚ました人々もいたが
 虚しく途中で終わってしまった人々も大勢いった
 道を覚まそうと命を失うようになった人々までいた

(愛氣整体専門学院)

posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 11:48| 東京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

人生の壁



>実存哲学で書く用語の中に限界状況(Boundary Situation)
 と言う言葉がある.
 どんな人であれ、到底過ぎることができない壁がある.
 そんな限界状況を 4つがある.

>第一は生老病死だ
 .誰も生まれて老けて病んでたまらないことから脱する
  ことができない壁だ.

>二番目は孤独だ
 .人間は一人いる時、社会の中にある時も群れの中でも
  孤独から脱することができない.
  そのため “孤独が私の故郷だ”と言った.

>三番目は闘いだ
 “The man is war.”と言う言葉があるように人生で
 闘いは避けることができない壁だ.
 自分と他人と社会と闘いをどのようにするか

>四番目は罪(罪)だ
 .人間は呼吸する一罪を犯しながら住むというのにで
  脱することができない
 .それで誰にも罪は限界状況である

>これらを考える時私たちは本気で人生を
 取り組むしかないのである

>その解決策は
 ・生老病死は神様に委ね
 ・孤独は心の中に主を友たちにし
 ・戦いは自分の心で
  自分を信じ他人を信ずること
  絶対に良くなることを信ずること
 ・罪は十字架によってのみ
  解決できる

(愛氣整体専門学院)
posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 11:40| 東京 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

無明の時

徳川家康は 『人間経営』と言う本で人を使う術として、一人の家来 たいし、富と名誉と権力をわけ、一つだけ与えた。三つ持つとその欲 が本人をエスカレトさせ、結局はすべてのものを失うようになるから であると記してある.

>私たち皆も小さくながら、富と名誉と権力を手に入れようと
 する執着心で必死なのである。
 これを仏教では「無明」といい、苦の根本の原因である
 この執着心を捨てれば、心の視界を明るくして、人生に
 価値を満たすことができるといいます

>聖書には神様が自分の民たちに物質の祝福をくださるというお話もも ちろんあるが “自分の所有を捨てなければ私の弟子がなれない”と 言うお話もある.

>“神様と財物の中にどの一つを仕えなさい”と言うお話もあって
 苦難の道を選択する茨の道を行きなさいと教えてあげる.
 その道がキリストが歩いた道だから教えてあげる

>そこに神の光、心の豊かさ、永遠な祝福があります
 真の人生はここにあります

(愛氣整体専門学院)
posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 12:19| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

絶望から救いの光



>絶望を二つに区分できます.“何に対して” 絶望することと
“自分自身に対して”絶望するのだ.
 致命的な絶望は “自分自身に対して” 絶望すること
 である。
>聖書は私たちがこのような絶望にあった人々を
 たくさん登場させている.
 その代表的な場合が予言者エリヤだ.
 彼は絶望に抜けて苛酷な中に入って行ってロデムの木の下に
 座って “私を死なしてください”と神様に訴えた.
 一時卓越な霊権で持って全国を振った彼だったが、
 墜落したら、自分に対して絶望して
 たまらないのを砂漠の中、木の下で嘆願したのである.

>しかし、私たちはエリヤから学ばなければならないことは
 彼が絶望に処して世の中に行かないで,
 自分自身の中に隠れたまま絶望を回避しようとしなくて,
 自分の絶望を神様の前に下ろした点だ。
 これが普通人エリヤを偉い人エリヤで作ったのだ.
>絶望自体は悪ではない.
 絶望が私たちにとって神様の外で解決しよとすれば
 その絶望は私たちを突く悪になる.
 しかし神様中で神様の愛を体験するきっかけに
 なれば絶望が変わって祝福になる.

>問題は絶望に処する時に私たちが “どこに立つか?”
 が問題だ.
 “神様外に求めるか?” “神様中にもとめるか?”が問題だ.

>自分だけが不運ではない
 救いの光は誰にでも注がれている
 本当に困っている方は手を合わせ、
 イエス・キリストを求めなさい
 「疲れた方は私のところに来なさい
  私が癒します」
(愛氣整体専門学院)
posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 10:20| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

縁が人をつくる


>自分にぶつかる次々の問題、悩み、苦しみ
 憎く黙らないあの人、心のつらさ、身体の病気
 、あす生きる金げがない、これ全部神様が与えられた
 縁である。
>このもらった縁を感謝の気持ちで「ありがとう」
 で生かすことです
>自分がいかに高慢で、頑固で、自分中心で不信仰で
 を改め再出発に人生の光であることに気がつけば
 いいわけであります
>苦しみなければ、私は神様の縁も永遠な命も
 得られない
>永遠な命を求めよう!天は待っている
 あなたを!
(愛氣整体専門学院)



posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 09:12| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

起きて,輝かしく生きる



>人は一生を生きて行く間にあらゆる試練があるものと決まっていて挫 折もあるものと決まっている.そして時には沈滞の沼にはまって脱け出すことができない時もある.その席でまた立ち上がることができなくなれば落伍者になって敗北者になる.個人も,企業も,国家もそうだ.

>挫折と沈滞に陷っている人々に聞かせる神様の音声は.闇が自分をだしぬけに襲撃している時にむしろ “起きて輝かしく” 栄光が信じるひと
の上に臨むと教える.

>試練の中でむしろ輝かしくて挫折を勝利に変化させることができる
闇の中で光が見えなくとも、探し求める者には必ず、神の光が
とこかで見つかるのである

>神様は全宇宙を創造し、今も生きて宇宙を支配している
また、あなたを絶対に捨てない、

>なぜならばあなたは
神の者だから
(愛氣伝授専門学院)

posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 09:58| 東京 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

日常問題


>人生生きていると次々といろんな
 問題、いろんな人とも付き合わなくては
 ならない、誰一人自分に叶う者なく
 満足するものなし
>そのように思うこと自分にやになるが
 それを乗り越え常にあらゆる問題は
 神様の声としてとらえ「ありがとう」の
 気持でそれを生かすこと
>やなことを言われたら相手を憐みを持って
 許す、ゆるすは自分が思っている義を捨て
 その判決は神に委ね、自分は忘れるか忍耐を
 もってほっとくこと
>聖書は云う柔和な人は財を与えると
 私はそれを体験している
(愛氣伝授専門学院)
posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 09:44| 東京 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

人を愛する心


>今、私が会う人のために自分ができる限り
 のことを相手のために心、時間、力などを
 捧げることができるかが人生であり、愛である
>いま、ぶつかっている問題に対し、どの程度
 神の声で受け止め感謝をもつかが人生であり
 愛である
>愛は高ぶらない、湖のように静かで山より低く
 広く、深い
>そのような愛に生きる人は幸いで
 しあわせなのである
>そのような人に人はついて来るし、財もついて
 来るに違いない
>日々人のためを思って動こう、日々の行動の
 指針は神を愛し、自分を愛し、人を愛すこと・・・
(愛氣伝授専門学院)
posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 11:48| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

柔和な心


>柔和な心、穏やかな心はどんな状態で
 あるか、先日、言ったように心の海が
 どんな波風のおいても立ち上がることなく
 平穏な状態を保てる心です
>聖書は柔和な心をもつ人は地を与えられる
 祝福があると教えてます
>柔和な心の成長は世のものごとを汚れた、
 くだらないものとしてみるのではなく
 なにことにも美しく見る心で見れば
 この世はその人のものとなれます
 祝福があるわけです
>この世を汚い、くだらない者と心で思うと
 不平、不満でこの世がますます、味気なくなる
 のであります
>今日から、誰でも美しく、良い人として
 なにことも肯定的に受け入れれば
 この世はあなたのものになれる
 祝福に預れます
(愛氣伝授専門学院)
posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 10:42| 東京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

悩む人のために


>悩むことは、不安な心から生ずる
 ことで、海の心の表面の波風なのである
>このようなことが自分にだけと思うと
 もっと波は激しくうねり、それが心の
 そこまでもひびき自殺、鬱、いろんな
 病気になる
>しかし、人間はみな同じく心に波風が絶えない
 存在である、みな同じく心の海は
 静けさだけではない、安らかだけではない
 みなが、同じく良いなと思っても
 悩み苦しい者である
>だから、悩みを悩むことがないよう
 その、悩みもいずれかは過ぎ去り
 むなしく、時間が立てば、懐かしく
 楽しい想いとして残る場合が多い
>どんな激しい波風のなかでも自分の
 力ではなく、この自然を支配する
 神にゆだね、じっと、時間を待つことで
 ある
>その待つことのことに悩むことに
 悩みなさい
>心の海はこのことによって常に
 安らかな人生に導くのである
>人間はみな同じく思えば嫉妬もなくなる
 誰でも同じだからひとつになれる
 愛することができる
>だから、幸せとはあなたの未来に
 あるのではなく、いま、あなたの
 心の中にある。あなたの心には愛
 が花咲く、神を自分を他人をいま
 どのくらい愛することができるか
 物ではなく心で愛することができるか
>このことが、悩みを除外し平穏な
 心になり、幸せになる
(愛氣伝授専門学院)

  
posted by 癒しの使者:夫 奉秋 at 11:27| 東京 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする